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先日3月19日「雅楽のこころ 音楽のちから」というテーマで講演会があり、行ってきました。

東儀秀樹さんの奏でる雅楽器の音・旋律は好きですが、実のところ、
神経質そうで抜け目がなくて計算高そうに見えるのは苦手でした。
でもジーンズにベルベットのジャケットを着て現れた東儀さんはもっといい感じの印象で、それでもって
「僕は、神経質そうで抜け目がなくて計算高そうに見えますが、そういう面もちょっとありますが、とても楽天的なんです」
と仰って(^_^;;;いたのが面白かったです。

なんとなく行って、なんとなく聞いて帰るつもりが、
ついつい、いつもの癖でメモを取ってしまいました。
折角なのでご報告します。

~お話の中から抜粋~

25歳の時、膝の裏に悪性の腫瘍が出来たときの事。2,3cmと大きく、転移の可能性もあり、片足を切り落とさなければならないかもしれない、という医師と家族の話を偶然聞いてしまった。
死ぬのは何とも思わなかった。
怖いとも思わなかったが「やり残すのはやだなあ」と思い、死ぬ日を知っておいて、やっておきたいことをするためのペース配分を考えたかった。
死ぬのは分かった。
だから「いつ死ぬのかを正確に教えて」と医師や家族に聞いたけれど、みんな癌だということを隠して、教えてはくれなかった。その頃は今のように本人に告知するなんてなかったので。
教えてもらえないなら、せめて納得して死ななければと思い、思ったら何でもすぐやる事にした。
フレーズが浮かべば楽譜を起こし、お見舞いにきれいな花をもらったら、すぐに絵の具を買って来て描いたり、友達と話したり…。
主治医はその様子を見ていて「もしかして足を切らなくてもいいのではないか」と考えた。院内の他の医師は全員切るべきだと言っていたけれど。
切っておけば、たとえ死んだとしても「切ったからここまでもったんですよ。切らなければもっと早く死んでいましたよ」という理由付けができますから。
でも、数値が良くなっていくので、放射線治療もしなかった。
死ぬと分かった時に「どうせ死ぬんだから何をやっても無駄だ」と否定的になっていたら、がん細胞が喜んで、増えたかもしれない。
でも僕は死ぬその日まで生き生きとして満足して死んでやろうと思った。

熱があるとか体がだるい日は、外出して好きな事をしに行く。
好きなものを見たり触れたりする。
「風邪なわけないよ。これから楽しい事するんだから」
夢中になって好きな事すると、体が活性化する。

~インドに行った時の話から~
観光用に与えられる道が大嫌い。僕は自分の行きたい所に行き、庶民の食べ物を食べる。外国人の行かないような所へでも行った。後ですごく怒られたけど。
でも「絶対大丈夫」って自信があった。
病は気から。
いつも心配でいつも疑っている人は、どんなに気をつけていても病にかかってしまう。
体細胞が「心配細胞」になって、ダメスイッチが入って、かからなくていい、関係のない病気にまでかかってしまう。

ダメかもしれない、きっとダメだと思うと、否定的な心を持つと、体も心もダメになっちゃう。

~実現化~
興味があっても、黙っていて行動を起こさなければ何も起こらない。
僕は自分が「タイの親善大使にぴったりだ」と周囲に吹聴して回った。
ビジョンを持っていたのでタイの親善大使になった。
精神的な力を活性化することで「間に合う」

自分で探してどれだけ動いたか。自分から動かないと、自分に合った目的が見えてこない。
動いて動いて動いていけば、形・輪郭をはっきりさせていく人の強い気は、どこかで実現する力を持つ筈。

目的意識を持たないからこそ、寄り道をするフットワークの良さを持っている。
ジグザグだった時の価値観があったからこそ得られたものもある。
ここに行かなければならないという強迫観念を持っていると、寄り道や後戻りが恥ずかしい。でも寄り道・後戻りは、人よりたくさんのものさしを持つことができる。
失敗を失敗と思わないこと。
何をやったって、誰が文句を言ったって、気にする事はない。
違う価値観でものを言っているんだから。

「今さら」はないだろう。
死ぬ間際まで来た時に「今さら」を使うべき。
ひらめきを信じる。
勇気が必要。
自分に正直になる。

自分のことをよく知って、自分を肯定的に見ることが出来る人は、他人に対しても肯定的。

~子ども~
英語教育しているヒマがあったら、自分の国の事を学び、心を感じた方が、心の豊かな国際人になれると思う。喋る内容を日本語でちゃんと伝えられなければ、英語がどんなに堪能でも、意思の疎通が出来ないと思う。
表面的な語彙力よりか、内面的な意識を育てる方が先。
何か理解してあげなくちゃ、という心の通い合いの方が、相手の国を知る方法論になると思う。

子どもにはその道の専門家の、本物を味わわせる。触れさせる。
本物を知る欲を刺激して、いろんなものに触れさせる。価値観ができる。
僕は幼児期、タイのバンコクで過ごしている。
タイにはお子様ランチなんてものはない。大人と同じものをそのまま味わう。
子どもだからこそ、複雑な味をそのまま味わわせ、その記憶をDNAに組み込ませる。

楽器の本当の音が出せない人が、例えば「笙というのはこういう音ですよ」と吹いて聞かせてほしくない。
やはりその楽器の演奏者の、本当に良い音で聞かせてほしい。

~僕は楽天的なんです~
壁も、嫌な事もあったと思うけど、僕は嫌な事を蓄積しません。
忘れてしまいます。
覚えていないんですね。
起こってしまった“点”に留まっていても何の利益もない。一瞬前のことは認めてしまう。

(ツアー中に交通事故にあった話)
手は少し痺れているけど、なんとか動いている。
生きているから何とかなるなと。
その瞬間から、次のなるべく良い事を考える。
座ってとか、寝ていれば演奏は出来ると考えていた。

(辛い事、苦しい事は)笑い話にしてしまう。
「その話はしたくない」と言う人は抱えてしまっている。
なった事はしようがない。
ちょっと先の自分を想像すると、引き摺らなくてすむ。一週間先には笑い話に出来る筈。

吹聴して、ちょっと先の“望みの自分”を想像していると、生き方が楽になる。
クリアしている、清々しい自分を想像する。

つまらない、退屈な初級の基礎から始めるより、
出来なくてもいいから、少し先の段階から始めてみる。
楽しいところからスタートする事で早く上手くなる。

好奇心と興味で観察→実行する勇気
上手くできている人を見て自分になぞらえてゆく。


…とまあ、メモ書きそのままですが…。

話を聞けば聞くほど「なんかこの人私に似てる…。もしかして同じ血液型?」と思ったので、帰ってから調べてみると案の定B型。(笑)我が友人Kちゃんが私に向かって言った言葉「その楽天さ!何の根拠もない自信!何なのそれ!」そのまま。(爆)
でも実際こういう考え方でいると、相当きつい事でも乗り越えられるのよね。流れ弾に当たらないって言うか…。まあ、それはどうでもいいや。

「これが僕の(考え方の)癖なんです」
とか
「すりあわせ」
なんて言葉がちらほらと出ていました。
もしかして東儀さんも木津さんと繋がりがあるのかしらん、などと想像してしつつ、今日はこれまで。

“すべてを否定しない生き方”出版社:ロングセラーズ
講演会のお話内容がもっと詳しく書かれているのが最近出版されたこちらの本だとか。
東儀さんの出されている他の本もなかなかイケてます。

邦楽は五線譜に書けないような複雑な音色の楽しめる音楽。
体にしみわたる響きを体感してみてね。
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